くだらないことをまじめに考えてみたくなったので、
ゲーム世界の内実についてあれこれつまらない妄想を働かせてみる。
誰もが知っているRPGドラクエ。その世界を旅していて、不思議に思ったことはないだろうか?
彼らの世界では、物語終盤の町では宿屋が一泊ひとり100ゴールドしかしないのに、
武器・防具の値段がひとつで3万ゴールドとか6万ゴールドとか平気でする。
一方で、物語が始まったばかりの時点で訪れる町では、こんぼうやどうのつるぎなんかが
100ゴールド前後くらいで買えて、宿屋は一泊ひとり10ゴールドもしない。
どう考えても価格の比率がおかしい。とは言え、高いのは武器・防具だけで、
薬草、毒消し草などの日用品(?)は固定価格でどこでも値段は変わらない。
これは理不尽な価格設定だ、こんな億ションみたいな武器や防具だれが買うんだと最初感じたが、
この武器・防具の価格にはある付加価値があるのでは?と考えてみることにした。
実は、これらの異常に高価な武具は生命保険の原始的な形として取引されているのではないだろうか。
彼らの世界には、地震、洪水、飢饉などの自然災害以外に凶悪で人間に敵意を持ったモンスターがいる。
現実に考えてみれば、郊外に出たら野生の飢えた虎がごろごろいるようなものだ。
そうした直接的な生命の脅威がある以上、証書だけで信用に基づく金融商品としての保険は危険過ぎる。
そんな形式では、べらぼうな高率でなければ引き受け手が現れないだろう。
誰もがいつでも不可避な暴力に晒される環境で、誰が安定的に長生きできると予断を持てるだろう?
それに、死因などを科学的に特定、解明することも恐らく出来そうにない以上、
モンスターの仕業に見せかけて被保険者を殺す、なんていうことも簡単に出来てしまう筈だ。
それゆえ、武器・防具を生命、身の安全を保証するものという価値を含めて販売しているのではないだろうか。
当然性能の良いもの、特殊な効果のあるものは高く取引され、性能の低いもの、汎用品は安く取引される。
また、脅威の少ない(モンスターの弱い)地域では、必然的に低性能だが安価な商品が流通することになる。
被保険者は現物で武器・防具を受け取る訳だから、現金が必要になったらすぐに売りさばけばいい。
半額(たしかドラクエ5くらいから6掛けくらいで売れたような?)でなら確実に売れる。
貯蓄として使うことは出来ないが、満期とか加齢による料率の値上がりを気にする必要もない。
国や住んでいる地域がモンスター(又は自然災害)で滅亡しても、それらの武具を身につけていれば、
次に落ち延びていった先での再起の元手にすることもできる。
恐らく、国営の鋳造所で造られたものが武器屋、防具屋に並んで、卸値と製造コストの差は国庫に入っているのだろう。
もちろん、国営鋳造所から武器、防具を仕入れない店に対しては、それなりの税金を課す。
あんな不安定な世界で武器・防具以外の貿易や商取引が活発に行われるとも思えないし、
城の王様や貴族の生活、兵士の給料、教会の運営費なんかはそうした税金で賄われているのだろう。
でも、一体誰があのとんでもない値段の武器・防具を買えるのか?
王侯貴族が購入するであろうことは想像にかたくないが、一般人にはとても手が出ないのでは?
いや、あれで儲けた武器屋、防具屋が町で散財して皆に富の再配分をしているのだ。
宿屋でも一泊100ゴールドじゃなくて、デラックススイート(画面上にはそんな部屋はないが)一泊5,000ゴールドとかに泊まったり、
道具屋で秘伝の薬草500ゴールドとか派手な服とかを買うのだ。
それで儲けた宿屋、道具屋が保険商品として武器を買う、という循環でなりたっているのではなかろうか。
ついでに思いついたが、「ゴールド」というのも通貨の単位ではなく正にゴールド、金を意味するのではないか?
つまり、1ゴールド分の各国通貨あるいはそれに相当する貴金属、物品などで買い物しているのでは?
これだけ広大な世界で、交通手段も通信手段も整備されていないと来れば、通貨も度量衡も違うだろう。
そんななか普遍的な価値があるものとすれば、貴金属、なかんずく金だろう。
ドラクエの世界も妄想を働かせてみれば、いろいろ面白いもんだ。
*尚、自分はまともにぷれいしたのはドラクエ5までです。6はうろ覚えです・・・。
シリーズの中では4が最高傑作と信じて疑っていない少数派でもあります。
2009年6月27日土曜日
自分にとってのゲーム/ルール
トランプの7並べをやると、必ずみんなから腹黒い、と非難される。
自分の持っているカードをわざと出さずにパスするからだ。
パスするのは、3割くらいはただの嫌がらせ(笑)だけど、メインの目的は
自分の持ってないところを先に出させるために、敢えて出さずにいるだけだ。
というように、たかが遊びなのにかなり真剣にやる。お金がかかっていなくても、
大人げないまでに勝とうと、負けないようにしようとあれこれ考えている。
トランプの大富豪(大貧民)やウノは、始める前にローカルルールの確認を怠らない。
有利にゲームを運ぶにはルールを確実に把握するのは基本中の基本だからだ。
なんでこんなにどうでもいいことに負けず嫌いなのかは分からないが、
ルール、システムの把握を重要視するようになったきっかけは思い当たることがある。
自分がまだ小学生になる前のまだPCが一部のマニアのものだった頃、我が家には父のPCがあった。
父がそれを使って仕事やその他の作業をしているのを見た記憶はないので、何のために
買ったのかは全く分からない。我が家にファミコンが導入されても、父親は全く興味を
示さなかったので、ゲーム目的ではなかったのだろうけども。
しかし、それでもフロッピー何枚かに詰め合わせのゲームはあった。
その後ファミコンに移植されたドアドアとか、将棋、花札なんかもあった。
ただ、大半は操作方法もクリアの要件も分からないゲームばかりで、
説明書なんてないし説明してくれる人間も周りにいなかった。
それでもあっちのキー押したりこっちのキー押したりして、試行錯誤しながら
ルールを模索してどうにかこうにか楽しんだものだ。
幼少の頃の上記の体験が強く体に染みついているのかは知らないが、
取りあえず仕事やその他のまともなことには全く活かせてません。
自分の持っているカードをわざと出さずにパスするからだ。
パスするのは、3割くらいはただの嫌がらせ(笑)だけど、メインの目的は
自分の持ってないところを先に出させるために、敢えて出さずにいるだけだ。
というように、たかが遊びなのにかなり真剣にやる。お金がかかっていなくても、
大人げないまでに勝とうと、負けないようにしようとあれこれ考えている。
トランプの大富豪(大貧民)やウノは、始める前にローカルルールの確認を怠らない。
有利にゲームを運ぶにはルールを確実に把握するのは基本中の基本だからだ。
なんでこんなにどうでもいいことに負けず嫌いなのかは分からないが、
ルール、システムの把握を重要視するようになったきっかけは思い当たることがある。
自分がまだ小学生になる前のまだPCが一部のマニアのものだった頃、我が家には父のPCがあった。
父がそれを使って仕事やその他の作業をしているのを見た記憶はないので、何のために
買ったのかは全く分からない。我が家にファミコンが導入されても、父親は全く興味を
示さなかったので、ゲーム目的ではなかったのだろうけども。
しかし、それでもフロッピー何枚かに詰め合わせのゲームはあった。
その後ファミコンに移植されたドアドアとか、将棋、花札なんかもあった。
ただ、大半は操作方法もクリアの要件も分からないゲームばかりで、
説明書なんてないし説明してくれる人間も周りにいなかった。
それでもあっちのキー押したりこっちのキー押したりして、試行錯誤しながら
ルールを模索してどうにかこうにか楽しんだものだ。
幼少の頃の上記の体験が強く体に染みついているのかは知らないが、
取りあえず仕事やその他のまともなことには全く活かせてません。
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